大坂という都市の住居文化を語るうえで、豊臣秀吉による太閤検地と城下町建設の遺産を無視することはできない。短冊形に細長く区切られた敷地割りや「太閤下水(背割下水)」と呼ばれる排水システムは、近世を通じて商都大坂の衛生と経済活動を根底で支え続けた。展示室内を歩くと、限られた敷地を極限まで立体的に活用した町家の知恵に驚かされる。
さらに下のフロア(8階)へと階段を降りると、視界は一気に明治・大正・昭和の近代都市へとシフトする。現在開催されている大阪くらしの今昔館 特別展「近代大阪の住まいと都市」では、「大大阪(だいおおさか)」と呼ばれ東京をしのぐ人口と経済規模を誇った時代のダイナミズムが、精緻なパノラマ模型と実物資料で鮮烈に描き出されている。長屋から近代的なアパートメントへ、そして郊外住宅地へと変遷していった大阪の住まいの歩みは、現代の私たちが抱える都市生活の課題にも通じる豊かな示唆を与えてくれる。