実は日本人が発明したもの?世界を驚愕させた身近な技術の誕生秘話を徹底解説

実は日本人が発明したもの?世界を驚愕させた身近な技術の誕生秘話を徹底解説

実は日本人が発明したもの?世界を驚愕させた身近な技術の誕生秘話を徹底解説について知っておくべき 事実を分かりやすい構成で解説いたします。

華々しい技術史の裏側で、日本のイノベーターたちが直面してきたのは「大組織の保守主義」と「職務発明の対価をめぐる司法闘争」という重い現実でした。その筆頭が、スマートフォンやクラウドサーバーの根幹を成すフラッシュメモリの発明者・舛岡富士雄氏の物語です。

1980年代前半、東芝の研究開発部門に所属していた舛岡氏は、電源を切ってもデータが消えず、一括して電気的に消去・書き換えができる半導体メモリを発明しました。カメラのフラッシュのように一瞬でデータが消去できることから「フラッシュメモリ」と名付けられたこの技術に対し、当時の東芝上層部の反応は極めて冷淡でした。「電源を切ったら消えるのがメモリであり、消えないものは磁気テープやハードディスクで十分」「こんなものに投資しても売れるわけがない」と予算を削減され、舛岡氏は周囲から孤立していきました。

その間に米インテルがフラッシュメモリの商用価値に気づき、巨額の投資を行って市場を急拡大させます。東芝は後に巨額の利益を上げることになりますが、イノベーションの芽を正当に評価できなかった代償として、主導権を海外勢に奪われる苦汁を舐めました。舛岡氏は後に退職し、東芝を相手取って巨額の特許対価を求める訴訟を起こすことになります。

同様の構図は、20世紀中には実現不可能と言われた「高輝度青色LED」の実用化でも浮き彫りになりました。窒化ガリウム(GaN)の高品質結晶を作製した赤崎勇氏と天野浩氏の基礎研究の上に、日亜化学工業の技術者だった中村修二氏が独自の「ツーフローMOCVD装置」を開発し、1993年に量産化への道を切り開きました。

赤と緑しかなかった発光ダイオードに「青」が加わったことで光の三原色が揃い、省電力な「白色LED」が完成。2014年には3氏にノーベル物理学賞が授与されました。しかし中村氏もまた、会社の命令に反して実験を続けた末の成功であり、発明対価として支払われたボーナスがわずか2万円足らずであったことから、会社を相手取って「404特許」の譲渡と対価を求める訴訟を提起。一審で東京地裁が日亜化学側に200億円の支払いを命じ(控訴審で約8億4,000万円で和解)、日本の企業社会における「職務発明規定」の抜本的な見直しを迫る歴史的転換点となりました。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。