しかし、眩いばかりの幸せは長くは続きませんでした。結婚生活が始まると間もなく、2人の関係には暗い影が差し始めます。結婚からわずか半年ほどで別居状態となり、1986年5月に正式な離婚が成立しました。
世間では「言葉や文化の壁」「多忙によるすれ違い」といった一般的な理由が囁かれましたが、その深層にはさらに切痛な出来事が横たわっていました。彼女が後に明かしたところによれば、最大の悲劇は待望していた新しい命の流産でした。
言葉も生活習慣も異なる異国の地で、頼るべき夫は超売れっ子俳優として多忙を極め、家を空ける日々が続きました。心身ともに極限まで追い詰められる中での流産は、彼女の精神に決定的なダメージを与えました。深い孤独と喪失感に耐えきれなくなった彼女は、心身の限界を迎えて実家のあるアメリカへ帰国せざるを得ない状況に陥ってしまったのです。