水前寺清子『365歩のマーチ』誕生秘話と名曲が響く真の理由

水前寺清子『365歩のマーチ』誕生秘話と名曲が響く真の理由

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1960年代後半、新興レコード会社として勢いに乗っていた日本クラウンのスタジオで、ひとつの革新的な企てが進められていた。作詞を手がけたのは、戦後歌謡界の巨星・星野哲郎。そして作曲を担当したのは、数々の国民的ヒットを飛ばしていた米山正夫である。

当時、水前寺清子はすでに看板歌手としての地位を確立していたが、制作陣が目指したのは単なるヒット曲の量産ではなかった。高度経済成長の影で過酷な労働に耐え、日々の生活に追われる市井の人々を真の意味で鼓舞する楽曲を作ること。その熱狂的な試行錯誤の末に生み出されたのが、365歩のマーチだった。

米山正夫が持ち込んだのは、伝統的な歌謡曲の哀愁をあえて排し、吹奏楽のマーチングバンドを彷彿とさせる躍動的なリズム。そこに星野哲郎の泥臭くも温かい言葉が融合した瞬間、音楽業界の常識を覆す全く新しいポピュラーソングの扉が開いた。

佐藤 大輔
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佐藤 大輔

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