かつては路傍での死や遺体の腐敗が身近に存在していた日本ですが、衛生環境が劇的に整い、病院での臨終と火葬が当たり前になった現在、私たちが「死の生々しい現実」を直視する機会はほぼ完全に排除されました。
死が不可視化された社会において、九相図が突きつける描写は単なるショック療法にとどまりません。美醜の差も富の多寡も、生物学的な分解プロセスの前では等しく無に帰すという強烈なリアリズムは、西洋美術における「メメント・モリ(死を想え)」の思想とも深く通底しています。
死を徹底的に見つめることは、裏を返せば「いま生きている有限な時間」をどう使うかという問いに直結しています。目を背けたくなるような肉体の崩壊を描き切った九相図は、私たちが日々囚われている執着や見栄から精神を解放し、生の輪郭を逆照射するための極めて前衛的なアートピースと言えます。