すべての始まりは、紙も墨も極めて貴重だった江戸時代の末期にさかのぼる。寺子屋に通う子どもたちに文字を教えるため、寺の境内や駄菓子屋の鉄板上で、水に溶いた小麦粉を使って「いろは」を書いたのが発祥とされる。文字を書いては消し、焼き上がった香ばしい生地をその場で食べる――これこそがまさに「文字(もんじ)焼き」の原点だ。
文政年間の庶民生活を記した記録にも、下町の路地裏で焼かれていた生地の記述が残されている。資材が乏しい中で育まれた江戸庶民の知恵と遊び心が、知育と実益を兼ねた独自の食文化を生み出したのだ。貧しくも情に厚い下町の路地裏で育まれたこの焼き物は、時代を超えて人々を笑顔にする駄菓子文化のシンボルとなった。