掲示板の成功に甘んじることなく、彼はコンテンツの「動態化」へと舵を切る。2000年代半ば、株式会社ニワンゴの取締役として関わった「ニコニコ動画」の立ち上げは、日本のインターネット史におけるもうひとつの決定的な転換点となった。画面上にコメントが横スクロールで流れるという前代未聞のユーザーインターフェースは、他者とのリアルタイムな感情共有という新しい体験を生み出した。
このイノベーションは、テレビとパソコンの境界線を溶かした。初音ミクに代表されるVocaloid文化や、ゲーム実況、歌ってみたといった独自の二次創作文化のゆりかごとなったのは、まさにこの空間だ。ひろゆき氏は常にフロントマンというよりも、クリエイターたちが自由に暴れ回るための「安全な遊び場」を設計するアーキテクトとして機能していた。
そして時代はYouTubeの切り抜き動画ブーム、さらにはABEMAのニュース番組における名物コメンテーターとしての露出へとシフトしていく。長尺の生配信から切り出された数十秒の短尺動画がTikTokやショート動画で何億回も再生される構造。プラットフォームの流行がどれほど移り変わろうとも、彼の語り口が放つ求心力は衰えない。メディアの形式を自在に変幻させながら、彼は常に若年層の画面の中心に居座り続けている。