なぞかけの骨格を成す「その心は」という問いかけは、現代語に直訳すれば「その共通項や意図は何か」「その真意はどこにあるのか」を尋ねる接続語です。しかし、なぜ「その理由は」「その意味は」ではなく、頑なに「心」という語が選ばれ続けてきたのでしょうか。
言語学者や古典文学の研究資料を紐解くと、この「心」の用例は平安時代の歌論(和歌の本質を論じる美学)にまで遡ります。当時の和歌の世界では、表現された表面的な語句を「詞(ことば)」と呼び、その奥深くに込められた詠み手の情趣や本質的な意図を「心(こころ)」と呼んで区別していました。つまり、目に見える言葉の裏側に潜む「真髄」こそが「心」なのです。
落語やなぞかけにおいて、出題者は全く無関係に見える2つの事物を提示します。「〇〇とかけて、△△と解く」と並べられた時点では、聞き手の頭の中には違和感と疑問符しか浮かびません。そこで「その心は?」と問う行為は、「その突飛な組み合わせの裏にある、あなたの意図や魂(本質)を明かしてください」と相手に促す作業に他なりません。単なる表面的なロジックの一致を超え、発想の妙を味わう姿勢がこの「心」の一文字に宿っています。