話は江戸時代、鎖国下の日本で唯一西洋への窓口だった長崎出島にさかのぼる。当時、交易を担っていたオランダ東インド会社の船員たちが持ち込んだのが、オランダ語で「ポンス(pons)」と呼ばれる柑橘果汁入りのアルコール飲料だった。インドの伝統的な飲み物「パンチ(punch)」に由来するこのドリンクは、柑橘果汁にスピリッツや砂糖、スパイスを混ぜた蒸留酒であり、船乗りの健康維持や食前酒として親しまれていた。
長崎のオランダ商館に滞在した医師フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトらを通じて、このポンスの製法や「柑橘果汁を活用する知恵」が日本の蘭学者の間に浸透していった。長崎の通詞や料理人たちは、酒そのものというよりも、そこに添えられた橙(だいだい)やシークヮーサーなどの強い酸味に着目。肉料理の生臭さを消し、味わいを引き締める万能な果汁調味料としてアレンジし始めたのである。