豊臣の血脈を巡る謎の中で、特に語り継がれてきたのが、豊後国(現在の大分県)日出藩の木下家に伝わる秘伝の存在だ。日出藩主・木下家は秀吉の正室である北政所(高台院)の兄・木下家定を祖とする家系である。この地に、大坂城を脱出した秀頼の落胤(秀士丸)が密かに潜伏し、木下家の家臣や親族として生き延びたという口伝が残されている。
明治時代以降、歴史家たちの間で議論が交わされてきたこの日出藩の伝承だが、家系図の不自然な空白や墓所の異彩を放つ構造など、単なる偶然では説明のつかない痕跡が多い。徳川の厳しい監視の目をかいくぐり、母方の親族を頼って九州の地に命を繋いだというシナリオは、当時の政治的リアルを考えれば十分にあり得る話だ。