笹井氏の科学的功績において最大のハイライトは、ES細胞(胚性幹細胞)を用いた試験管内での「自己組織化」技術の確立です。それまで、幹細胞から特定の細胞(例えば平らなシート状の神経細胞や心筋細胞)を作る二次元培養は可能でしたが、複雑な立体構造を持つ「臓器そのもの」を外的な型枠なしに形成させることは不可能だと考えられていました。
笹井氏はこの常識を覆しました。細胞同士が微弱なシグナルを交わし合いながら自発的に秩序を組み立てる内在的なプログラムを見抜き、特殊な浮遊無血清培養法(SFEBq法)を開発したのです。
- 2008年:ES細胞から層構造を持つ「大脳皮質組織」の自律的な分化誘導に成功(Nature誌)。
- 2011年:ES細胞から眼の原基である「眼杯(立体網膜)」の自律形成に成功(Nature誌)。世界中の生物学者に「奇跡の映像」と衝撃を与えました。
- 2012年:内分泌中枢である「下垂体」の立体形成に成功(Nature誌)。
- 2014年:ヒトES細胞を用いて精密な「小脳組織」の立体形成を達成(Cell Stem Cell誌)。
これらの成果は、現在バイオテクノロジー界で最も熱い視線を集める「オルガノイド(生体外ミニ臓器)研究」の決定的な礎となりました。脳疾患の病態解明、新薬の毒性試験、そして網膜色素変性症などの再生医療応用において、笹井氏の論文は今も世界中の研究室で標準プロトコルとして引用され続けています。