天津七三郎について調査を進めると、インターネット上の言説において少なからず見受けられるのが、昭和30〜50年代の東映時代劇や特撮ドラマで悪役スターとして名を馳せた「天津敏(あまつ びん)」との混同です。
両者は芸名に同じ「天津」を冠し、ともに圧倒的な威圧感と悪役・敵役としての深い魅力を備えていたことから同一人物や血縁関係と勘違いされるケースが散見されます。しかし、天津七三郎は大正から昭和初期のサイレント期を主戦場とした先達であり、活動年代も世代も明確に異なります。
また、「無声映画の俳優は大げさな身振り手振りだけの稚拙な演技だったのではないか」という先入観も大きな誤解です。当時のフィルムを精査すると、天津七三郎をはじめとする名優たちは、呼吸の速度、筋肉の収縮、瞳孔の動きといった微細な身体情報を駆使して感情の機微を表現していました。音響のない時代だからこそ研ぎ澄まされた演技の精度は、現代の台詞劇以上に観る者の想像力を刺激する強度を持っています。