この名店の歴史を語る上で欠かせないのが、創業者A.M.ナイル(アイヤッパン・ピッライ・マーダヴァン・ナイル)の数奇な生涯だ。青年期にイギリス統治下のインドで独立運動に身を投じた彼は、英国当局の手を逃れて日本へ亡命。京都帝国大学で学びながら、アジアの解放を志す志士たちと深く交流を持った。
戦後、祖国の独立を見届けた彼が次に挑んだのが、「食を通じた日印の真の友好」だった。荒廃した日本に活力を与えたいという一心で店を開き、祖国から取り寄せた上質なスパイスを惜しみなく使った料理を振る舞った。彼にとってレストラン経営は単なるビジネスではなく、平和と文化交流のための聖域だったのだ。
A.M.ナイルが厨房で貫いたのは、妥協のないスパイス選びと、客一人ひとりの健康を気遣う薬膳の思想だ。その哲学は今も厨房の奥深くに息づいており、ただ辛いだけではない、体を芯から温めて整えるような滋味深い味わいの根底を支えている。