神経伝達や脱分極に関して、ネット上の解説記事や一般の認識において最も根深い誤解が「銅線の中を電子が流れるように電気が走っている」という思い込みです。
生体の電気伝導は、金属コードのような電子(エレクトロン)の移動ではありません。厚さわずか約5ナノメートルの脂質二重層を挟んで、重たい質量を持つ「イオン(物質そのもの)」が出入りする拡散現象です。そのため、銅線内の電流がほぼ光速(秒速約30万km)に近いのに対し、神経細胞の興奮伝導速度は最も速いAα線維(有髄神経)でも秒速約100〜120メートル程度に留まります。新幹線並みの速度ではあっても、光速とはかけ離れているのが生体電気の物理的実態です。
もう一つの決定的な盲点は、「高カリウム血症になると心臓が止まる理由」の誤認です。一般には「カリウムが増えれば電気信号が強まりそう」と直感されがちですが、実際はその逆です。細胞外のカリウム濃度が異常に高くなると、細胞内から外へのK⁺流出が濃度勾配の低下によって妨げられ、静止膜電位が浅く(マイナスが弱く)なります。その結果、ナトリウムチャネルが不活性化されたままロックされ、二度と「脱分極」を起こせなくなってしまうのです。脱分極が起きなければ心筋は収縮できず、心臓は拡張期のまま停止します。この危険なメカニズムからも、生体がどれほど繊細なイオンバランスの上に成り立っているかが浮き彫りになります。