「戦陣訓」によって捕虜となることを禁じ、玉砕を美徳とした旧日本軍においても、脱走や敵前逃亡は厳然として存在しました。しかし、その実態は一般兵士と高級指揮官の間で著しい不条理を孕んでいました。
前線の一般兵士が飢餓やマラリアで倒れる中、部隊を離れた兵士は憲兵や友軍に発見され次第、即決処分に近い形で射殺されるか、軍法会議で重罪に処されました。当時の兵士の手記には、脱走した戦友が捕まり、見せしめとして殴打された後に最前線へ戻された生々しい記録が残されています。
一方で、高級指揮官による戦域離脱が不問に付された歴史的事実も存在します。ビルマ戦線における木村兵太郎大将の部下を置き去りにした撤退劇(南方軍に無断で後退中に大将へ昇進)や、フィリピン戦線での富永恭次中将による司令部無断後退など、指揮官クラスの敵前逃亡的行為が軍内部の規律を根本から崩壊させた事例は、戦史研究において厳しく指弾され続けています。