名球会の条件緩和や特例基準の創設が議論された最大の理由は、現代野球における投手の起用法と勝利数至上主義の乖離にあります。
昭和のプロ野球では、エース投手が中3日や中4日で登板し、年間30試合以上投げて完投を重ねることが美徳とされていました。しかし、1990年代後半から投手の肩肘を守るための球数制限(1試合100球前後)や中6日の先発ローテーション、さらには「先発・中継ぎ・抑え」の完全分業制が定着しました。
現場取材において、ある元NPB球団監督は次のように苦笑交じりに語っています。
「現在の先発投手が年間25試合登板し、QS(クオリティスタート:6回3自責点以内)を安定して記録しても、シーズンで稼げる白星はせいぜい10〜13勝前後。200勝に到達するには、15勝ペースを故障ゼロで14年間続けなければならない。これは医学的・体力的にほぼ不可能な領域に達している」
打者の「通算2000本安打」が年間140安打ペースを約14〜15年維持すれば届くのに対し、先発投手の「通算200勝」は達成難易度が跳ね上がりすぎたのです。実際、NPB単独での200勝達成者は2008年の山本昌氏を最後に現れていません。この不均衡を放置すれば「投手の新規会員が完全に途絶える」という危機感が、規約の再検討を促す決定打となりました。