山形冷やしラーメン発祥の地として知られるのが、山形市本町に暖簾を掲げる栄屋本店です。時計の針を昭和27年(1952年)まで巻き戻してみましょう。当時、蕎麦屋として営業していた栄屋本店で、ある夏の日に常連客が放った何気ない一言がすべての始まりでした。「そば屋には冷たい『もりそば』や『冷やし麦』があるのに、なぜ中華そばには冷たいものがないんだ。冷たい中華そばを食わせてくれ」
創業者の阿部専四郎氏は、その言葉を単なるわがままと聞き流しませんでした。しかし、温かいラーメンを単純に冷やしただけでは、スープ表面に豚骨や鶏ガラの脂が白くギトギトに凝固し、舌触りは最悪、冷たい油特有の生臭さが鼻をつきます。ここから専四郎氏による、約1年におよぶ壮絶な試行錯誤が始まりました。
試作を重ねた末、昭和27年の夏、ついに完成したのが元祖冷やしらーめんです。氷を浮かべても味が薄まらないよう綿密に計算された醤油ダレ、牛肉や鰹節、昆布から取った透明感のある出汁、そして固まらない特別な植物性油の開発。こうして、ラーメンの常識を覆す冷たい一杯が産声を上げました。
この開発を後押しした背景には、日本一暑い街の歴史が深く関係しています。山形市は盆地特有のフェーン現象により、1933年(昭和8年)に当時の日本最高気温記録である40.8℃を記録し、その記録は2007年に破られるまで実に74年間も保持されていました。肌にまとわりつく酷暑の中、食欲を失った町の人々が求めたのは、栄養価が高く、喉越し爽やかに胃袋へ収まる冷たいスープだったのです。気候風土と職人の意地が融合した必然の産物、それが山形の冷やしラーメンでした。