そもそも、なぜ神奈川県の一角が「湘南」と呼ばれるようになったのでしょうか。そのルーツは遠く古代中国の風景と、江戸時代初期の文化人に遡ります。
歴史的な定説として最も有力なのが、中国湖南省を流れる「湘江」の南部地域(瀟湘八景で知られる景勝地)に見立てたという説です。中国の湘南地方は、風光明媚で山水の美しさを誇る文人憧れの地でした。
江戸時代初期の1664年(寛文4年)、小田原の崇雪(すうせつ)という人物が、現在の大磯町に草庵(のちの鴫立庵:しぎたつあん)を結びました。その際、海岸の美しい景色を中国の景勝地になぞらえ、「著盡湘南清絶地(湘南の清絶の地を著し尽くす)」と刻んだ標石を建てたことが、記録に残る「湘南」の初出とされています。
すなわち、文献上の発祥の地は藤沢や茅ヶ崎ではなく「大磯町」です。明治時代に入ると、初代軍医総監の松本順が大磯に日本初の海水浴場を開設し、伊藤博文や吉田茂といった歴代首相の政界奥の院(別荘地)として発展しました。近代における湘南は、政財界の重鎮や文化人が集うハイソサエティな保養地としてその名声を確立していったのです。