金日成の若い頃を語る上で避けて通れないのが、韓国や日本で長年議論されてきた「金日成偽者説(替え玉説)」です。
1945年10月の歓迎集会で演説台に立った人物を見た平壌市民の間からは、「我々が待ち望んでいた白髪の老将軍と違う」「あんな若造が伝説の金日成将軍のはずがない」という落胆と疑念の声が上がったと記録されています。朝鮮半島には1900年代初頭から、日本軍を相手に神出鬼没の戦いを繰り広げた「伝説の金日成将軍」の民間伝承が存在していたためです。
歴史研究が進んだ今日、このミステリーの真相は以下のように整理されています。
- 実在のパルチザン戦士:満洲で普天堡の戦いを指揮した「金日成(金成柱)」は実在し、ソ連軍大尉となった青年と同一人物である(完全な替え玉ではない)。
- 伝説の借用と神格化:ただし、彼が生まれる前や幼少期から語り継がれていた「抗日名将・金日成」の伝説や功績を、自身のプロパガンダとして巧みに重ね合わせ、過大に利用した。
つまり、ソ連の後ろ盾を得た金成柱は、民衆が待ち望んでいた「金日成将軍」という英雄のブランドネームを自らのアイデンティティとして引き受け、権威付けに利用したというのが学術的なコンセンサスとなっています。