女方にとって屈指の大役とされるのが『壇浦兜軍記』の阿古屋である。琴、三味線、胡弓の三曲を舞台上で実際に演奏しながら、揺れ動く女心を格調高く演じ切らなければならない超難役だ。かつてはごく限られた名優のみに許されたこの役に、児太郎は並々ならぬ情熱で挑んだ。
楽器の稽古に明け暮れ、指先から血がにじむほどの猛練習を重ねた日々。父・福助からも妥協のない助言を受け、坂東玉三郎ら先輩俳優の薫陶を得てつかみ取った阿古屋の舞台は、批評家や観客から絶賛を浴びた。技術の習得にとどまらず、役の魂そのものに深くダイブするような迫真の演技は、彼が単なる名門の御曹司ではなく、歌舞伎の未来を担う本物の女方であることを証明してみせた。