「ラーメン一杯で完全な栄養を摂ることはできないか」――。昭和30(1955)年頃、札幌の屋台から歴史をスタートさせた創業者・大宮守人(おおみや もりと)氏のこの強い想いこそが、味噌ラーメン誕生の原点でした。食糧難の記憶が色濃く残る時代、スイスの食品学者ニコラ・ブルケルが提唱した「医食同源」の思想に深い感銘を受けた大宮氏は、日本の伝統発酵食品である「味噌」の持つ栄養価に着目しました。
当時のラーメン界において、スープの主流は醤油と塩のみ。大宮氏は客から「豚汁に麺を入れてくれ」と頼まれた経験や、試行錯誤の末に豚骨・鶏ガラベースの清湯スープに白味噌仕立ての特製タレを合わせ、豚挽肉とモヤシ、タマネギ、キャベツを強火の中華鍋で炒めて合わせる画期的な調理法を確立しました。札幌ラーメン史を伝える文献や当時の証言記録によると、初期は「味噌汁ラーメン」と揶揄されることもあったものの、冷え込む北の大地で身体を芯から温めるその味わいは瞬く間に熱狂的な支持を獲得していきました。
さらに特筆すべきは、現在「札幌ラーメン」の象徴となっている黄色くコシの強いちぢれ麺の誕生です。大宮氏は味噌スープの力強さに負けない麺を求め、西山製麺の創業者・西山孝之氏と二人三脚で研究を重ねました。スープをしっかりと持ち上げる「多加水熟成ちぢれ麺」を世界で初めて共同開発したことで、スープと麺が完璧に調和する札幌独自のラーメンスタイルが完成したのです。