「文春砲」という言葉が定着して久しいが、その取材力の原点は徹底した現場主義と取材費の集中投下にある。かつて編集長として黄金期を築いた新谷学が掲げた「親しき仲にもスキャンダル」という掟は、現在も編集部に深く根付く。政治家であれ大物タレントであれ、確実な物証と複数ソースの裏付けが取れれば一切の忖度なしに掲載に踏み切る姿勢が、文藝春秋のブランドを決定づけている。
これに対抗する週刊新潮は、緻密な文体と重厚な人間ドラマを描き出すストーリーテリングで対峙する。かつて花田紀範をはじめとする名物編集者たちが磨き上げた「人間臭い事件の深層」をえぐる筆致は、新潮社ならではの文学的伝統とも共鳴している。文春が動かぬ証拠で相手を追い詰める剛腕なら、新潮は取材対象者の心理の隙間に潜り込み、心の叫びを引き出す緻密な筆さばきを見せる。この2大巨頭の切磋琢磨こそが、日本の調査報道の質を極限まで押し上げてきた。