読者の誰もが抱く最大の疑問――「なぜ仲の良かった実の兄弟が、そこまで激しく絶縁しなければならなかったのか」。その真相は、政治権力への接近と文学的良心との相容れない対立にありました。
兄の徳富蘇峰は、若き日は平民主義を掲げる進歩的な思想家でしたが、日清戦争後の「三国干渉」を機に国家主義・帝国主義へと急速に傾斜。桂太郎ら権力者と結びつき、政府御用の論客としての地位を確立していきます。
兄の経営する国民新聞社で働き、経済的にも庇護を受けていた蘆花でしたが、軍国主義化していく国家体制と、それに加担する兄の変節に対して強烈な嫌悪感と道徳的危機感を募らせていきました。「兄の庇護下にある限り、自分は真の自己を生きられない」と苦悩した蘆花は、1903年、未完の長編小説『黒潮』の序文において公に絶縁状を叩きつけます。
「僕等二人は別動隊にあらず、相敵する歩兵隊なり」――実兄に対して公然と訣別を告げたこの宣言は、文壇・論壇を震撼させました。蘆花にとって絶縁は、一個の独立した魂として生きるための、身を切るような通過儀礼だったのです。