西部氏の死を理解する上で欠かせないのが、彼が生涯を通じて説き続けた「自裁の思想」です。西部氏は単に苦痛から逃れるための「自殺」と、自らの生を自ら裁断・完了させる「自裁」を明確に区別していました。
かつて全学連のリーダーとして学生運動の先頭に立ち、後に保守派の論客として『朝まで生テレビ!』などで鋭い舌鋒をふるった西部氏。彼は近代社会が盲目的に信奉する「命は何よりも重い」「生きてさえいればいい」という生命至上主義を批判し、人間には「どのように死ぬかを選ぶ権利と美学」があるべきだと主張し続けました。
自著『自裁死考』や『死生』の中でも、老醜を晒して社会のお荷物になる前に自ら果てることの倫理を論じており、多摩川での入水はその思想を自らの身体をもって完結させた「最終講義」でもあったと言えます。