かつて全国のお菓子売り場で当たり前のように見かけた明治カールが、なぜ西日本限定へと舵を切ったのか。その背後には、激変する日本の製菓・食品産業が直面していた厳しいロジスティクスの問題が存在する。収益性の見直しや物流コストの高騰、そしてスナック菓子市場における競合製品との激しいシェア争いの中で、製造元の株式会社明治は苦渋の決断を迫られた。
愛媛県にある四国明治の松山工場に生産を集中させ、西日本エリアに限定して供給を継続する体制へとシフトした背景には、ブランドを完全に消滅させないための戦略的な意図があった。東西での嗜好の違いや輸送効率を精査した結果生まれたこの「西日本限定」という枠組みは、期せずして東日本のファンにとってのプレミア感を醸成し、お土産需要やオンライン上の話題性を高める怪我の功名ともなった。