銃弾に倒れた西郷に対し、「どん、もうここらでよかろ」と声をかけ、首を刎ねたと伝えられるのが側近の別府晋介である。別府は西郷の尊厳を守るため、敵に首級が渡らないよう配慮した。儀式的な切腹の時間をかける余裕など、雨霰と銃弾が飛び交う戦場には存在しなかった。
別府晋介の手によって落とされた西郷の首は、従者の手で即座に埋められたとされる。後に政府軍によって発見された遺体には、切腹特有の深い自傷痕はなく、股間を打ち抜いた銃創が死の直接的な引き金であったことが報告されている。武士の面目を保つための「形式上の切腹」というストーリーは、明治という新しい時代の中で作られた言説でもあった。