西郷隆盛の愛犬ツンの性別の真相とは?上野銅像のモデルと犬名13頭一覧

西郷隆盛の愛犬ツンの性別の真相とは?上野銅像のモデルと犬名13頭一覧

西郷隆盛の愛犬ツンの性別の真相とは?上野銅像のモデルと犬名13頭一覧についての最新情報を徹底解説します。

西郷隆盛はなぜ、これほどまでに猟犬の群れを愛し、暇さえあれば山野を駆け回って兎狩りに没頭したのでしょうか。そこには、単なる道楽や趣味では片付けられない、身体的危機と精神的トラウマに起因する深刻な背景が存在していました。

1. ベルツ博士も警告した極度の肥満と「運動療法」

明治維新後、政府の参議として多忙を極めていた時期の西郷は、美食と過度の激務により急激に体重が増加しました。記録によると西郷の身長は約178cm、体重は110kg近くに達し、狭心症や呼吸困難の発作に悩まされていたと伝えられます。

明治政府のお抱え医師であったドイツ人医師エルヴィン・フォン・ベルツは、西郷の身体を診察して強い危機感を抱き、即座に厳しい食事制限と激しい運動療法を指示しました。山野を歩き回る兎狩りは、医師から命じられた文字通りの「延命のための治療法」だったのです。西郷は犬たちの俊足に遅れじと山林を疾走し、泥だらけになって汗を流すことで、深刻な成人病の進行を食い止めていました。

2. 権力闘争の疲弊を癒やすアニマルセラピーと「心理的バウンダリー」

精神面における要因はさらに決定的でした。明治6年(1873年)、いわゆる「征韓論政変」によって盟友であった大久保利通や岩倉具視らと袂を分かち、下野して鹿児島へ帰郷した西郷の心は、極度の人間不信と政治的幻滅に苛まれていました。

近代国家建設の名のもとに、かつて苦楽を共にした志士たちが権力闘争に明け暮れ、利権を貪る姿を目の当たりにした西郷にとって、言葉で欺くことのない犬たちの忠誠心は唯一の救いでした。家族社会学や心理療法の観点から分析すると、西郷が犬たちと過ごした時間は、複雑に絡み合った政治的しがらみから自己を切り離し、健全な心理的バウンダリー(境界線)を取り戻すための不可欠な防衛行動であったと解釈できます。

西郷は山中で犬と戯れている時だけ、維新の英傑という重責の仮面を脱ぎ捨て、飾らない素の自分に戻ることができました。当時の郷土民の手記には、「西郷先生が山から下りてくると、全身泥まみれになりながら、犬の頭を撫でて子どものように笑っていた」という目撃談が数多く残されています。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。