街の景観を劇的に変えたのは、小田急電鉄による線路地下化事業だった。線路跡地に生まれた「ミカン下北」は、アジアの屋台街のような熱気と最新のワークスペースが共存する、まさに未知の実験場だ。高架下というデッドスペースが見事に活性化され、食とカルチャーが交差する新たなランドマークとして定着した。
だが、大規模な開発が進行する一方で、昔ながらの街並みを守ってきた下北沢商店街振興組合の役割も欠かせない。新旧の店舗が共存できるよう調整を図る地域コミュニティの粘り強い働きが、大型商業施設に飲み込まれない独特の「下北沢らしさ」を支えているのだ。