彼女の歩んできた道のりには、自身の重い病と命の誕生にまつわる大きな決断があった。子宮頸がんの告知、子宮全摘出手術、そしてアメリカでの代理母出産。その克明な記録を綴った著書『会いたかった―代理母出産という選択』は、当時の日本社会に大きな衝撃と深い議論を巻き起こした。
双子の息子たちが立派に成長した現在でも、彼女が命がけで切り拓いた選択とその発信は色褪せていない。生命倫理や家族のあり方が多様化する現代だからこそ、彼女が発してきたメッセージは重みを増している。単なる個人的な告白にとどまらず、制度や偏見と闘いながら「家族の形」を世に問いかけたその勇気は、今なお多くの人々に勇気を与え続けている。