勇二郎氏の人生を大きく変えたのが、政治の世界への傾倒です。とりわけ作家・石原慎太郎氏との関係は極めて濃密なものでした。
1968年、石原慎太郎氏が参議院全国区に立候補して史上最高得票(当時)でトップ当選を果たした際、勇二郎氏は関西地区の後援組織幹部として八面六臂の活躍を見せました。石原氏の掲げるタカ派・ナショナリズムの理念に深く心酔し、行動を共にしたのです。
その勢いのまま、勇二郎氏は1969年(昭和44年)の第32回衆議院議員総選挙に旧兵庫2区から無所属で出馬。石原慎太郎氏も応援に駆けつけ、華々しい選挙戦を展開したものの結果は落選に終わりました。この巨額の選挙資金投入と敗北が、その後の小池家の家計や事業基盤を大きく揺るがす引き金となります。