インターネット上の検索窓に「小和田雅子 双子」というキーワードが浮上する背景には、メディアでの断片的な露出から生じた記憶の混同があります。皇太子妃決定時の特番報道や当時の新聞紙面を詳細に振り返ると、小和田家の家族構成は両親と三姉妹の計5人家族であることが明確に記録されています。
父親は外務事務次官や国連大使、さらには日本人として初めて国際司法裁判所(ICJ)所長を務めた外交界の重鎮・小和田恆(ひさし)氏。母親は日本ユニセフ協会評議員などを歴任した小和田優美子(ゆみこ)氏です。この夫妻の長女として1963年12月に誕生されたのが皇后雅子さまであり、その約2年7カ月後となる1966年7月8日に、双子の姉妹として誕生したのが次女の禮子(礼子)さんと三女の節子さんでした。
幼少期をソ連(モスクワ)やアメリカ(ニューヨーク・ボストン)で過ごした小和田家において、年子の感覚に近い双子の妹たちと雅子さまは、海外生活の荒波を共に乗り越える無二の戦友として強固な絆を育まれました。当時の関係者による手記や証言を照らし合わせても、長女の雅子さまが妹たちの面倒をよく見つつ、互いに知的な刺激を与え合う非常に自立した関係性であったことがうかがえます。