Q1:永倉新八と斎藤一はどちらが強かったのですか?
A1:当時の隊士や関係者の証言では、永倉新八を筆頭に挙げる声が優勢です。永倉は神道無念流の免許皆伝を持ち、力強い踏み込みと撃剣で圧倒しました。一方の斎藤一は一撃必殺の突きと実利的な勝負強さに長けており、両者ともに幕末を生き延びた点でも並び立つ最強の剣士でした。
Q2:なぜ近藤勇と仲違いして新選組を離脱したのですか?
A2:近藤勇が幕府直参に取り立てられた後、隊士を同志ではなく家臣のように扱い始めたことに反発したためです。甲州勝沼の戦いで敗れた際、近藤の配下として戦うことを拒否し、袂を分かって独自の部隊「靖兵隊」を結成しました。
Q3:晩年の小樽での生活はどのようなものだったのですか?
A3:小樽では孫とともに暮らし、東北帝国大学農科大学の学生に剣術を指導していました。映画鑑賞が趣味で、活動写真のチャンバラ劇を楽しみながら穏やかに過ごす一方、無頼漢を一喝して追い払うなど、老いてなお剣客としての気迫を保ち続けていました。