山奥の険しい山肌に、なぜ莫大な費用と年月をかけて3,333段もの石段が敷設されたのか。その起源は、1980年(昭和55年)に遡ります。当時、過疎化と産業の衰退に危機感を抱いていた旧中央町(現・美里町)が、地域活性化の起爆剤として打ち出したのが「日本一の建設プロジェクト」でした。
舞台となった御坂(みさか)は、平安時代初期の延暦18年(799年)に開山された古刹「金峰山 釈迦院」へ続く由緒ある表参道でした。かつては参拝者が険しい山道を登り、信仰の道として栄えていましたが、近代以降は荒廃が進んでいました。町は「歴史的遺産の復興」と「日本一の観光資源創出」を結びつけ、町職員や住民の熱意を背景に総工費数十億円規模の大事業を決行したのです。
建設に際しては、単に段数を稼ぐだけでなく、文化的価値を持たせるための強いこだわりが注ぎ込まれました。石段には地元熊本県産の石材(甲佐岳の安山岩など)のみならず、日本全国各県の代表的な名石、さらには中国、旧ソ連(現ロシア)、ブラジル、インド、韓国など世界各国の天然銘石が使用されています。着工から約8年もの歳月を費やし、1988年(昭和63年)3月に3,333段の偉容が完成。単なる土木構造物を超え、国内外の石工技術と平和への祈りが結集したモニュメントとしての背景を持っています。