八田の非業の最期には、もう一つのあまりにも切ない物語が続いている。妻・八田外代樹(とよき)の殉死である。
夫の死後も、外代樹は子供たちとともに台湾にとどまり、夫が心血を注いだ土地を見守り続けた。しかし1945年8月、日本は太平洋戦争に敗北。台湾をめぐる情勢は一変し、日本人居住者には本土への強制引き揚げ命令が下される。
「夫が魂を込めて造ったこの地を離れたくない」「子供たちに迷惑をかけたくない」——様々な葛藤の末、外代樹は夫の遺志と永遠に共にある道を選んだ。敗戦直後の1945年9月1日未明、台風が吹き荒れる中、彼女は白無垢を身にまとい、烏山頭水庫の放水口(水門)へと身を投じた。
愛する夫が造り上げた濁流の水底へ消えた外代樹の覚悟は、台湾の人々に強烈な衝撃と深い感動を与えた。現在、烏山頭水庫のほとりには夫婦が寄り添うように眠る墓碑が静かに佇んでいる。