巨人を退団した後の野村貴仁の経歴は、さらなる挑戦の連続でした。2002年には海を渡り、MLBのミルウォーキー・ブルワーズと契約。当時としては珍しかった日本人左腕リリーフのメジャー挑戦として注目を集め、メジャー通算21試合に登板して防御率8.56の記録を残しました。
2003年に日本球界へ復帰し日本ハムファイターズへ入団したものの、長年の勤続疲労や故障の影響で本来の投球を取り戻せず、わずか1年で退団。翌2004年には台湾プロ野球(CPBL)の誠泰コブラズへ移籍し、日米台の3つのプロリーグでプレーした後に現役生活に幕を下ろしました。
マウンド上で見せた闘志あふれる投球スタイルと、環境の変化を恐れずに挑戦し続けたフットワークの軽さは、当時のプロ野球界でも異彩を放っていました。