家族社会学および深層心理学の観点からこの泥沼離婚劇を分析すると、野村克也氏と沙知代氏、そして前妻・正子さんの関係性には、昭和期特有の強烈な「心理的共依存」の構図が浮かび上がってきます。
野村氏は極貧の幼少期を過ごし、母親からの愛情を渇望しながら育ったコンプレックスを自著『ありがとうを言えなくて』等で赤裸々に告白しています。名家の令嬢として育ち、控えめで良妻賢母だった正子さんとの関係は、社会的な体面を満たす一方で、野村氏の心の奥底にあった「激しい自己顕示欲」や「強烈な承認欲求」を埋めきれなかった可能性があります。そこへ現れたのが、善悪を超越した強烈なエネルギーで自らを全肯定し、外敵から守るように振る舞う沙知代氏でした。
野村氏が社会的地位を捨ててまで沙知代氏を選んだ背景には、健全な自立を保つ「心理的バウンダリー(境界線)」の破綻がありました。家庭という聖域に他者が侵入した際、本来であれば配偶者への誠実義務と公私混同の抑止が働くべきところ、圧倒的な母性を装った支配関係に呑み込まれてしまったと言えます。
この歴史的愛憎劇から得られる教訓は明確です。どれほど社会的な成功を収めた人物であっても、家庭内の対話を怠り、配偶者との感情的な接続(アタッチメント)を失ったとき、人間関係の破綻は取り返しのつかない規模で生活すべてを破壊するということです。晩年の野村氏が前妻や長男に対して残した痛恨の反省は、人間関係において誠実さを欠いた代償の重さを如実に物語っています。