これほどの熱狂とドラマを生み出しながら、なぜプロ野球の天覧試合は1959年の巨人・阪神戦以降、一度も行われていないのでしょうか。そこには単なるスケジュールの問題にとどまらない、複数の構造的理由が存在します。
第一の理由は、皇室の政治的中立性と特定球団への配慮です。プロ野球は民間企業が運営する営利興行であり、特定の親会社を持つ球団同士の戦いです。特定のチームの試合のみを天皇陛下が観戦されることは「特定球団への贔屓や肩入れ」と受け取られかねず、公平性を重んじる皇室のあり方として極めて慎重な判断が求められます。
第二の理由は、現代の大規模スタジアムにおける警備と安全確保のハードルです。昭和30年代に比べ、現在のプロ野球はテロ対策や観客の動線管理が格段に複雑化しています。数万人を収容するドーム球場や屋外スタジアムで天皇陛下の動線を確保し、一般観客の安全とプライバシーを守りながら警備体制を敷くことは、警察当局および主催者にとって極めて重い負担となります。
第三の理由は、試合時間の不確定性です。野球は時間制限のないスポーツであり、延長戦や降雨中断などにより3時間から4時間を超えるケースも珍しくありません。分刻みで公務日程が組まれる皇族のご日程と、試合展開が読めないプロ野球の親和性は決して高くありません。
そして第四に、プロ野球がすでに確固たる社会的地位を築いたことが挙げられます。1959年当時は「プロ野球を国民的文化として認めさせたい」という球界側の悲願がありました。しかし現在では、プロ野球は皇室の観戦による権威付けを必要としないほど自立したエンターテインメントへと発展を遂げたのです。