裕福で恵まれた家庭環境に見える野田家ですが、洋次郎氏と父親の関係は決して平坦なものではありませんでした。自著『ラリルレ論』や過去のドキュメンタリー番組では、厳格な父親との確執と和解のドラマが生々しく語られています。
父親は礼儀作法や食事のマナー、学業に対して非常に厳格な人物でした。箸の持ち方一つで厳しく叱責されることも日常茶飯事で、洋次郎氏にとって父親は「絶対的な権威」であり、畏怖の対象でもありました。
決定的な対立が生じたのは、慶應義塾大学在学中にRADWIMPSとしてのメジャーデビューが決まり、大学中退と音楽の道へ進むことを告げた瞬間でした。ビジネスの第一線で結果を残してきた父親にとって、先の見えないバンドマンという職業は到底受け入れられるものではなく、激しい怒りとともに勘当寸前の状態にまで関係が冷え込みました。
しかし、ブレイク後に行われた日本武道館公演に父親が足を運んだことで風向きが変わります。満員の観客が息子の紡ぐ言葉に熱狂し、涙を流す光景を目の当たりにした父親は、終演後に息子の才能と覚悟を認め、温かい言葉をかけたと伝えられています。厳しさの裏側にあった深い愛情が確認された、象徴的なエピソードです。
また、父親はジャズやビートルズをはじめとする洋楽レコードの膨大なコレクションを所持しており、母親のクラシックピアノと父親の洋楽コレクションという2つの異なる音楽的要素が、野田洋次郎という稀代のソングライターを育てる土壌となりました。