江戸時代の紀行文を代表する松尾芭蕉の『奥の細道』。芭蕉が深川を旅立ち、みちのくを経て大垣に至るまでの全行程は、およそ2400キロメートルにおよぶ。
江戸幕府は徳川家康の命により、主要街道に「一里塚」を整備した。1里(約4km)ごとに榎などを植えた塚を設置し、旅人や飛脚に距離の目安を提供したのだ。歴史学の最新研究によれば、当時の旅人は1日に8里から10里、すなわち約30〜40キロメートルもの距離を日常的に歩いていたとされる。
芭蕉と弟子・曽良が草鞋履きで歩いた1里の感覚は、車や新幹線が行き交う現代の感覚とは根本的に異なる。足裏に伝わる街道の質感や、宿場町ごとの距離感は、一里塚というインフラによって支えられていた。