『伊勢物語』第六段「芥川」の本文を意味段落ごとに分割し、精密な形態素解析(品詞分解)と実践的な現代語訳を提示します。文法的に極めて重要な助詞・助動詞の活用形と接続関係を正確に押さえることが、読解の絶対条件となります。
第一段落:求婚と逃避行の始まり
【原文】
昔、男ありけり。女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きに来たりけり。
【品詞分解】
昔(名詞) | 男(名詞) | あり(ラ行変格活用動詞「あり」連用形) | けり(過去の助動詞「けり」終止形)。
女(名詞) | の(格助詞・連体格「〜で」または同格「〜のような」) | え(副詞・打消呼応) | 得(ア行下二段活用動詞「得」未然形) | まじかり(打消推量の助動詞「まじ」連用形) | ける(過去の助動詞「けり」連体形) | を(接続助詞「〜のに」) | 年(名詞) | を(格助詞) | 経(ハ行下二段活用動詞「経」連用形) | て(接続助詞) | よばひ(ハ行四段活用動詞「よばふ」連用形) | わたり(ラ行四段活用動詞「わたる」連用形) | ける(過去の助動詞「けり」連体形) | を(接続助詞「〜のを」または「〜ところ」) | からうじて(副詞) | 盗み出で(ダ行下二段活用動詞「盗み出づ」連用形) | て(接続助詞) | いと(副詞) | 暗き(形容詞ク活用「暗し」連体形) | に(格助詞) | 来(カ行変格活用動詞「く」連用形) | たり(存続・完了の助動詞「たり」連用形) | けり(過去の助動詞「けり」終止形)。
【現代語訳】
昔、ある男がいた。(身分が高くて)到底自分の妻にすることができそうもなかった女を、何年間も熱心に求婚し続けていたところ、ようやくの思いで連れ出して、たいそう暗い夜に(この地に)逃げてやって来たのだった。
第二段落:芥川のほとりと草の露
【原文】
芥川といふ河を率て行きければ、草の上に置きたる露を見て、「かれは何ぞ」となむ男に問ひける。
【品詞分解】
芥川(固有名詞) | と(格助詞) | いふ(ハ行四段活用動詞「いふ」連体形) | 河(名詞) | を(格助詞) | 率て(ワ行上一段活用動詞「率る」連用形) | 行き(カ行四段活用動詞「行く」連用形) | けれ(過去の助動詞「けり」已然形) | ば(接続助詞・順接確定条件) | 草(名詞) | の(格助詞) | 上(名詞) | に(格助詞) | 置きたる(カ行四段動詞「置く」連用形+存続の助動詞「たり」連体形) | 露(名詞) | を(格助詞) | 見(マ行上一段活用動詞「見る」連用形) | て(接続助詞) | 「かれ(代名詞) | は(係助詞) | 何ぞ(疑問副詞または疑問代名詞+係助詞)」 | と(格助詞) | なむ(係助詞・強意) | 男(名詞) | に(格助詞) | 問ひ(ハ行四段活用動詞「問ふ」連用形) | ける(過去の助動詞「けり」連体形・係り結び)。
【現代語訳】
芥川という川を(女を)連れて行ったところ、草の葉の上にたまっていた露を見て、「あれは何ですか」と男に尋ねた。
第三段落:荒れ蔵の悲劇と雷鳴
【原文】
行く先多く、夜も更けにけり。鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、男、弓・胡簶を負ひて、戸口にをり。はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に食ひてけり。「あなや」と言ひけれど、神鳴る騒ぎにえ聞かざりけり。
【品詞分解】
行く先(名詞) | 多く(形容詞ク活用「多し」連用形) | 夜(名詞) | も(係助詞) | 更け(カ行下二段活用動詞「更く」連用形) | に(完了の助動詞「ぬ」連用形) | けり(過去の助動詞「けり」終止形)。
鬼(名詞) | ある(ラ行変格活用動詞「あり」連体形) | 所(名詞) | と(格助詞) | も(係助詞) | 知ら(ラ行四段活用動詞「知る」未然形) | で(打消接続助詞) | 神(名詞) | さへ(副助詞・添加) | いと(副詞) | いみじう(形容詞シク活用「いみじ」連用形のウ音便) | 鳴り(ラ行四段活用動詞「鳴る」連用形) | 雨(名詞) | も(係助詞) | いたう(形容詞ク活用「いたし」連用形のウ音便) | 降り(ラ行四段活用動詞「降る」連用形) | けれ(過去の助動詞「けり」已然形) | ば(接続助詞・順接確定条件) | あばらなる(形容動詞ナリ活用「あばらなり」連体形) | 蔵(名詞) | に(格助詞) | 女(名詞) | をば(格助詞「を」+係助詞「は」の濁音化) | 奥(名詞) | に(格助詞) | 押し入れ(ラ行下二段活用動詞「押し入る」連用形) | て(接続助詞) | 男(名詞) | 弓(名詞) | 胡簶(名詞) | を(格助詞) | 負ひ(ハ行四段活用動詞「負ふ」連用形) | て(接続助詞) | 戸口(名詞) | に(格助詞) | をり(ラ行変格活用動詞「をり」終止形)。
はや(副詞) | 夜(名詞) | も(係助詞) | 明け(カ行下二段活用動詞「明く」未然形) | なむ(願望の終助詞) | と(格助詞) | 思ひ(ハ行四段活用動詞「思ふ」連用形) | つつ(反復・継続の接続助詞) | ゐ(ワ行上一段活用動詞「ゐる」連用形) | たり(存続の助動詞「たり」連用形) | ける(過去の助動詞「けり」連体形) | に(接続助詞) | 鬼(名詞) | はや(副詞) | 一口(名詞) | に(格助詞) | 食ひ(ハ行四段活用動詞「食ふ」連用形) | て(完了の助動詞「つ」連用形) | けり(過去の助動詞「けり」終止形)。
「あなや(感嘆詞)」 | と(格助詞) | 言ひ(ハ行四段活用動詞「言ふ」連用形) | けれ(過去の助動詞「けり」已然形) | ど(接続助詞・逆接確定条件) | 神(名詞) | 鳴る(ラ行四段活用動詞「鳴る」連体形) | 騒ぎ(名詞) | に(格助詞・原因理由) | え(副詞・打消呼応) | 聞か(カ行四段活用動詞「聞く」未然形) | ざり(打消の助動詞「ず」連用形) | けり(過去の助動詞「けり」終止形)。
【現代語訳】
目指す目的地はまだ遠く、夜も更けてしまった。そこが鬼のいる場所とも知らないで、雷までもが激しく鳴り響き、雨もひどく降ってきたので、隙間だらけの荒れ果てた蔵を見つけ、女を奥に押し入れて、男は弓と胡簶(やなぐい)を身に着けて戸口に控えていた。「早く夜が明けてほしい」と思い続けながら座っていたところ、鬼は早々と女を一口で食べてしまった。「あれえ!」と女は悲鳴を上げたが、雷鳴が激しく鳴りとどろく物音にかき消され、男は聞き取ることができなかった。
第四段落:男の嘆きと絶唱の和歌
【原文】
夜も明けゆくままに、見れば率て来し女もなし。足づりをして泣けども、かひなし。しうしうとしてゐたり。白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを
【品詞分解】
夜(名詞) | も(係助詞) | 明けゆく(カ行四段活用動詞「明けゆく」連体形) | ままに(接続助詞相当) | 見れ(マ行上一段活用動詞「見る」已然形) | ば(接続助詞・順接確定条件) | 率て(ワ行上一段活用動詞「率る」連用形) | 来(カ行変格活用動詞「く」連用形) | し(過去の助動詞「き」連体形) | 女(名詞) | も(係助詞) | なし(形容詞ク活用「なし」終止形)。
足づり(名詞) | を(格助詞) | し(サ行変格活用動詞「す」連用形) | て(接続助詞) | 泣け(カ行四段活用動詞「泣く」已然形) | ども(接続助詞・逆接確定条件) | かひなし(形容詞ク活用「かひなし」終止形)。
しうしう(副詞) | と(格助詞) | し(サ行変格活用動詞「す」連用形) | て(接続助詞) | ゐ(ワ行上一段活用動詞「ゐる」連用形) | たり(存続の助動詞「たり」終止形)。
白玉(名詞) | か(副助詞または疑問の係助詞) | 何ぞ(疑問の代名詞) | と(格助詞) | 人(名詞) | の(格助詞・主格) | 問ひ(ハ行四段活用動詞「問ふ」連用形) | し(過去の助動詞「き」連体形) | とき(名詞) | 露(名詞) | と(格助詞) | 答へ(ハ行下二段活用動詞「答ふ」連用形) | て(接続助詞) | 消え(ヤ行下二段活用動詞「消ゆ」連用形) | な(完了の助動詞「ぬ」未然形) | まし(反実仮想の助動詞「まし」連体形) | ものを(接続助詞・詠嘆)。
【現代語訳】
次第に夜が明けていくにつれて見ると、連れてきた女の姿もない。男は地団駄を踏んで悔し涙を流したが、もはや何の甲斐もない。ぼう然自失として座り込んでいた。(そして詠んだ歌)「あれは真珠ですか、それとも何ですか、とあの人が尋ねたとき、『あれは露ですよ』と答えて、その露のように私も消え失せてしまえばよかったものを(実際には生き長らえてしまい、この悲しみに耐えられない)。」