「台本を初めて開いた瞬間、背筋に冷たいものが走った」
単独取材の席上、主演を務める役所広司は静かな笑みをたたえながら、そう口を開いた。彼が演じる主人公は、過去の記憶と虚飾に苛まれながら極限の選択を迫られる複雑な男だ。感情の機微を極限まで削ぎ落とした静寂の芝居と、突如として爆発する衝動。役所は「これまでの役者人生の中でも、最も肉体的・精神的に追い詰める撮影現場だった」と振り返る。
一方、演出を手掛けた是枝裕和監督は、今回のカメラワークと演出意図について次のように明かす。「人間の底なしの業や、逃れられない運命をどのようにフィルムへ焼き付けるか。役所さんの眼差しの奥にある僅かな揺らぎを逃さないため、あえて長回しを多用しました。言葉以上に、皮膚感覚で届くリアルを追求したかった」。ふたりが長年育んできた揺るぎない信頼関係があるからこそ到達できた、息をのむような緊張感が全編を支配している。