人気絶頂期の1960年、彼女は映画界に激震を走らせる決断を下す。石原裕次郎との結婚、そして女優業の完全引退だった。20代後半、女優として円熟期を迎えようとしていた時期の引退は世間を驚かせたが、彼女の心に迷いはなかったという。
以後は「石原まき子」として、夫の破天荒な挑戦を影から支え続けた。独立プロである石原プロモーションの設立、映画『黒部の太陽』の製作を巡る巨額の借金危機、そして夫を度々襲った病魔との闘い。病室での献身的な看病や、何十人もの社員や所属俳優を束ねる「軍団の母」としての采配は、並大抵の覚悟で務まるものではなかった。
1987年に裕次郎さんが52歳の若さで旅立った後も、彼女は夫の遺志を継ぎ、事務所の会長として舵を取り続けた。女優・北原三枝としての華やかな栄光をきっぱりと手放し、ひとりの男の夢を最後まで守り抜いたその生き様は、もうひとつの壮大なドラマと言える。