映画『ラストエンペラー』は自伝『わが半生』を原案としていますが、映画的なドラマ性を高めるために史実から大胆に変更された要素が複数存在します。歴史的事実と劇中描写を比較すると、溥儀という人物のより複雑で過酷な現実が浮き彫りになります。
映画における最大の脚色は、溥儀の人物像です。劇中では「時代の濁流に翻弄された純粋で孤独な悲劇の主人公」として同情的に描かれていますが、史実の溥儀は自らの意志で清朝復活に強い執念を燃やし、日本軍を積極的に利用しようとした政治的野心家でもありました。また、紫禁城や満州国の宮廷内では激しい気性の持ち主で、召使いや宦官に対して日常的に過酷な体罰を加えていた冷徹な一面も記録されています。
また、登場人物の最期にも大きな差異があります。映画では精神を病んだ皇后・婉容が連れ去られるシーンでフェードアウトしますが、史実の婉容の最後は極めて悲惨でした。終戦後の混乱のなか共産軍に拘束され、吉林省延吉の監獄で重度の阿片中毒と栄養失調に苦しみながら、汚物にまみれた独房の中で39歳の若さで孤独死を遂げています。遺骨の埋葬場所すら現在も分かっていません。
さらに溥儀自身の晩年と死因についても、映画のような穏やかな余生だけではありませんでした。特赦後に李淑賢と再婚し植物園で働いた溥儀ですが、晩年は「文化大革命」の嵐が吹き荒れ、元皇帝という出自から紅衛兵による迫害の恐怖に怯える日々を過ごしました。そして1967年10月17日、溥儀の死因は「腎臓がん(尿毒症)」であり、激動の20世紀を駆け抜けた波乱の生涯は61歳で幕を閉じたのです。