実力・人気ともに頂点を極めた彼女は、『NHK紅白歌合戦』でも通算7回にわたり司会や総合司会を担当。生放送の緊迫した現場を抜群の統率力でコントロールし、名実ともに国民的アナウンサーとしての地位を不動のものにした。しかし、安定した立場に安住することはなかった。
27年間勤め上げた局を離れ、フリーランスへの転身を決断。日本テレビ系の夜の報道番組『news zero』のメインキャスターへと挑んだ背景には、「現場で起きているニュースを自分の言葉で伝え続けたい」というジャーナリストとしての強固な意志があった。スタジオから飛び出し、国内外の事件・事故の現場へと自ら駆けつける姿勢は、若き日に培った現場主義そのものだった。