日教組の歴史を語る上で欠かせないのが、1970年代から80年代にかけて委員長を務めた槇枝元文氏の存在だ。強固なリーダーシップの下でストライキ辞さない闘争路線を展開し、政権との対立を辞さない「闘う組合」としてのパブリックイメージを決定づけた。この時代の強硬路線が、今なお保守層からの根強い反発の源泉となっている。
現代の日教組は、ナショナルセンターである日本労働組合総連合会(連合)の主要な構成組織として活動を行っている。イデオロギー闘争中心の時代を超え、連合傘下での労働条件の維持向上や社会的合意形成を重視する路線への転換は、組織の存続に向けた戦略的選択であったと言える。