順風満帆に見えたキャリアの歯車が大きく狂い始めたのは、1990年代半ばのことでした。モデルとして絶大な人気を誇っていた梅宮アンナとの熱愛発覚は、ワイドショーを連日ジャックする一大スキャンダルへと発展します。
当時、羽賀研二は派手な私生活や事業投資の失敗などから数億円規模の巨額借金を抱えていることが公然の秘密となっていました。愛娘を溺愛する名優・梅宮辰夫氏は交際に猛反対し、メディアの前で「希代のうそつき」「あんな男に娘はやれない」と公然と批判を展開。それに対して羽賀研二が記者会見で語った「誠意を見せる」という言葉は皮肉交じりに取り上げられ、メディアから「誠意大将軍」という不名誉な異名で呼ばれることになります。
ふたりはペア写真集『KYOJIN』を出版するなど世間を騒がせ続けましたが、借金問題の深刻化や価値観のズレは埋まらず、約5年に及ぶ交際の末に破局。この騒動を通じて、羽賀研二には「甘い言葉で女性を翻弄するトラブルメーカー」という強烈なパブリックイメージが定着することとなりました。