与謝野晶子と鉄幹の略奪愛と真実|12人の子と格差婚の光影

与謝野晶子と鉄幹の略奪愛と真実|12人の子と格差婚の光影

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二人の出会いは1900(明治33)年8月、大阪・浜寺公園で開かれた歌会でした。当時、青年詩人として時代の最先端を走っていた与謝野鉄幹は、東京で「東京新詩社」を結成し、文芸誌『明星』を創刊したばかりのカリスマ的存在でした。堺の老舗和菓子店の娘として厳格に育てられていた21歳の晶子(本名・鳳志よう)にとって、6歳年上で颯爽とした鉄幹はまさに眩い光のような存在でした。

しかし、鉄幹には複雑な女性関係がありました。彼は過去に浅野テルと事実婚の破綻を経験し、当時は第二の妻である林滝野と婚姻関係にあり、幼子もいました。さらに、鉄幹は『明星』の有力な同人であった才女・山川登美子にも心を寄せており、晶子・鉄幹・登美子による壮絶な三角関係が幕を開けます。

登美子は良家の出身であり、親が決めた見合い結婚を受け入れて一旦は身を引きます。一方、激しい情熱を抑えきれなくなった晶子は、家を飛び出して単身で上京。鉄幹は滝野と離婚し、晶子と同棲生活をスタートさせました。周囲からは激しい批判を浴びたものの、晶子の遮るもののない純粋な熱量が、妻子あるカリスマ詩人を完全に奪い去る結果となったのです。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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