指導者としての霧島親方を語る上で欠かせないのが、モンゴル出身の愛弟子・霧島鐵力(旧四股名:霧馬山)との関係性です。
霧馬山として角界入りした当初から、師匠は自身の現役時代を彷彿とさせる柔軟性と筋力トレーニングの重要性を叩き込みました。関取へと駆け上がり、2026年5月場所後に大関昇進を決めた際、師匠は自らの誇りである四股名「霧島」の継承を認めました。大相撲の歴史において、師匠が現役時代に名乗った著名な四股名を弟子に譲るケースは極めて重い意味を持ちます。
「霧島」を名乗って以降、重圧や怪我と向き合いながらも土俵に立ち続ける弟子の姿には、師匠の現役時代の面影が重なります。音羽山部屋へ移籍した現在も、霧島鐵力の師匠としてアドバイスを惜しまず、二人三脚で築き上げた技術とメンタリティは、大相撲の最新情報においても常に注目の的となっています。