神戸弘陵学園高校から1994年にジュビロ磐田へ加入した彼は、すぐさまその才能を開花させた。当時の磐田は名波浩や藤田俊哉らを擁する「黄金中盤」の時代だ。その高密度なパスワークの中で、異彩を放ったのが彼の推進力だった。右サイドから中央へと切り込み、相手陣内を切り裂くプレイメイキング。1998年のJリーグ初優勝を含め、磐田の黄金期を築くエンジンとなった。
2002年、新天地として選んだのは横浜F・マリノスだった。この移籍が彼のキャリアをさらに高い次元へと押し上げる。岡田武史監督のもとでチームの核となり、2003年、2004年のJ1連覇という偉業に大きく貢献。特に2003年には自身2度目となるJリーグベストイレブンに選出され、主将としてもチームを牽引した。大一番で見せる勝負強さと、土壇場での決定力。横浜F・マリノスの歴史に刻まれた劇的な勝利の陰には、常に彼の冷静かつ大胆なプレーがあった。