屋敷裕政のキャリアは、一般的な芸人のそれとは大きく異なる。同志社大学を卒業後、彼はテレビ番組制作会社に入社。かつて『ロンドンハーツ』などの人気番組を抱えるテレビ朝日系列の制作現場でアシスタントディレクター(AD)として寝る間もなく働いていた経験を持つ。
朝から晩までテープの編集やロケハン、演者のサポートに追われる苛烈な日々。しかし、この激務の中で培われた「テレビの構造」「ディレクターがどんな映像を欲しがっているか」というプロデューサー目線こそが、後に彼のお笑い業界での最大の武器となる。裏方として現場を支え続ける中で湧き上がった「自分ならもっとこう見せるのに」という思いが、芸人への転身を決意させた。